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名古屋地方裁判所 昭和59年(ワ)3931号 判決

原告

甲野花子

右訴訟代理人弁護士

野呂汎

被告

医療法人生生会

右代表者理事

水谷孝文

右訴訟代理人弁護士

加藤保三

後藤昭樹

太田博之

立岡亘

村瀬泰志

滝沢昌雄

伊藤淳吉

前田和馬

豊田正彦

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告「被告は原告に対し、金二〇〇〇万円及びこれに対する昭和五七年九月一四日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言

二  被告 主文と同旨の判決

第二  当事者の主張

一  請求の原因

1  被告は病院経営等を目的とする医療法人であり、名古屋市中川区富田町に富田病院(以下「本病院」という。)を開設、経営している。

2  訴外亡甲野太郎(大正八年六月三日生、以下「亡太郎」という。)は昭和五七年八月二六日高血圧、糖尿病等のため本病院に入院して以来同病院の治療を受けていた。

3  亡太郎は昭和五七年九月一四日午後七時四〇分頃収容されていた本病院の五階五一七号の病室(以下「本病室」という。)の窓から地面に転落し頭蓋骨陥没骨折により死亡した(以下「本件事故」という。)。

4  右転落事故は被告が亡太郎を本病室に入院収容するについて以下のとおり病室の構造上の欠陥ないし建物の設置又は管理及び保存に瑕疵があったことに因るものであり、或いは、同人を治療、看護するにあたり被告側の重大な安全配慮義務違反が重なり発生したものである。

(一) 建物の設置、管理、保存の瑕疵

亡太郎は本病院に入院する二、三日前から容態が異常になり両眼が失明もしくはそれに近い状態となったこともあって精神状態が極度に不安定となったため、入院中も「殺される」とか「薬に毒が入っている」とかいって治療を拒否することがあったり、病室を出て廊下をふらふら歩き回ることもあった。亡太郎は五階の病院に居るとの認識はなく、しかも、両眼が失明もしくはそれに近い状態であったため窓から出られるものと錯覚し何ら格子、施錠等の施策のない窓から脱出をはかり転落死したものか、もしくは、窓から身を乗り出しているうちに転落死したものである。

本病院は入口は施錠させていたが窓側には鉄格子などなく全く無施策であつて亡太郎のような病状の患者を収容する病室としては著しく不完全であり、被告は右建物の占有者としてその設置又は管理及び保存の瑕疵に基く損害の賠償責任がある。

(二) 他の適当な施設に収容すべき注意義務違反

仮に右病院の窓に格子などを設置することができなかったとしても亡太郎の担当医師としては前記病状の患者を危険のない他の適当な施設に収容させるべく処置をなす注意義務が存していたのにこれを怠りたる過失により本件事故を発生させた。

被告は右担当医師の使用者として民法七一五条による責任を有する。

(三) 本病院の設置、管理についての安全配慮義務違反

被告は昭和五七年一月二二日本病室を含む一般病室を増設するにあたり、愛知県知事あて医療法による病院開設許可事項の一部変更許可申請をなし、右許可を得て本病室を含む三病棟一室の構造であり、かつ、廊下に面する出入口は間口1.1メートルの開口部を有する引戸が設けられ、その上部には透明ガラス窓が設けられていたから右引戸が閉められた状態でも、廊下から、同号室の全室が容易に看視できる状態にあった。

ところが本件事故当時右一室を二つに間仕切りしてそれぞれ奥行2.6メートル、間口1.7メートルの小室三室に区分けされ(本病室はその中央の一室である。)る改造工事が施工されていて、各室には間口0.82メートルの片開きドアがつけられていたがこのドアには透視可能な部分は全くなく施錠設備が施されていた。そのうえ、廊下と接する前記引戸と右ドアとの間には奥行1.14メートルの空間スペースがとられているため、右引戸および小室ドアを締め切ってしまうと廊下からは小室内の状況は全く目視できないのみならず、小室ドアを施錠すると同室内の動静は容易に廊下には伝わらない状況に変化するに至ったが、被告は右改造にあたって愛知県知事の許可を得なかった。

以上の経過によれば、被告の右病室の改造は病院の構造設備は、衛生上、防災上及び保安上安全と認められるものでなければならず、病院の施設を変更しようとするときは知事の許可を得なければならないとする医療法第七条、第二〇条の趣旨に反し、本件事故発生当時本病室は収容患者の病状如何によっては看視不能な密室として直ちに患者の生命、身体の安全に重大な影響を及ぼすべき危険な構造を有していたといわざるを得ず、被告にはこの点において施設の設置、管理義務ひいては患者の安全確保に対する配慮義務の違反があったものといわねばならない。

(四) 看護義務違反

亡太郎は入院以降死亡に至るまで興奮、徘徊、妄想等をくりかえし、失禁もみられきわめて不穏な状態の連続であって、睡眠時間以外は片時も介護、看視を怠ることができない状況にあった。このため本件事故前日の同年九月一三日までは常時、看視をつづけ不穏状態に至ったときは精神安定剤(セレーネース)を投与したり抑制看護を強めたりしていた。ところが本件事故発生当日の同年九月一四日には午後二時に病室に施錠して亡太郎を長時間何らの措置も看視もなさず同日午後七時四〇分まで放置した結果本件事故が発生した。当時亡太郎は視力をほとんど喪失しており窓側を病室の出入口と誤って室外へ出たい一心で窓ガラスをドアと錯覚し一〇センチメートル程開閉可能な窓ガラスをこじ開ける挙動に及ぶことはその興奮状態とあいまって容易に考えられる。

したがって亡太郎を本病室に施錠して収容する必要が生じた場合には必ず窓ガラスを全部完全に閉め切り、かつ、開閉できないよう施錠をなし窓からの転落事故を防止すべく配慮をなす必要があるのに、一〇センチメートルの窓ガラスの開閉を容易にしたまま放置した結果、亡太郎に窓ガラスをこじあける手がかりを与え本件事故を発生させたものである。

また本件病室には通常個室に供えつけられる呼鈴、インターホン等患者が自身の病状の変化を病院側に伝え適切な治療看護措置を求めることは不可能であった。

5  亡太郎は被告の右不法行為もしくは債務不履行により(前者を主位的請求原因として後者を予備的請求原因として主張する。)不慮の死に至ったもので、これによる精神的苦痛は甚大であり、右慰謝料としては金二〇〇〇万円を下らない。

6  原告は亡太郎の母であって同人の相続人として右慰謝料請求権を相続した。

よって、原告は被告に対して右金二〇〇〇万円及びこれに対する亡太郎死亡の日から支払済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める

二  被告の答弁

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実は認める。

3  同3の事実は認める。但し、亡太郎はストッパー装置付のアルミサッシ窓及び防虫網戸をこじあけ自ら故意に窓から転落し死に至らしめたものである。

4(一)  同4の冒頭については争う。

(二)  同4(一)ないし(四)の事実のうち、亡太郎が「薬に毒が入っている」と言ったこと、治療を拒否したこともあったこと、病室を出て廊下を徘徊することもあったこと、失明に近い状態であり、失禁もみられたこと、本病室の入口には施錠の設備があったこと、本病室改造について知事の許可を得ていないこと、廊下から病室内を透視できるような小窓はなかったこと、室内にインターホーン、呼鈴等はなかったことは認めるがその余の事実は否認する。

(三)  以下のとおり本病室には構造上の欠陥もなく被告担当医師等には何らの過失もなく被告には原告主張の不法行為或いは安全配慮義務違反の責任はない。

(1) 亡太郎は入院時脳血栓(両不全麻痺)、高血圧、糖尿病、脱水症等と診断され五階五一三号室に収容された。

(2) ところが亡太郎は視力が低下しており、かつ、脳血管障害によるまだら痴呆状態(平静に応答し行動するときと痴呆に伴う独語、妄想、不穏、興奮状態が現れるときがある。)により病室や廊下を徘徊したりして、他の患者とのトラブルが生じたり転倒したりする事故を防止するため、入院の翌日施錠のできる五階の本病室に収容し、原則として夜間は施錠し、その他必要と認めるときは随時施錠していたものである。

(3) 本病室の窓側には、右隣りの病室と共用で縦一三〇センチメートル、横一七二センチメートルの枠内に頑丈なアルミサッシの引違いガラス窓二枚(厚さ6.8ミリ)がはめこまれていた。この引違いガラス窓は危険防止のためストッパー装置により最大限巾一五センチメートルしか開かないようにしてあり、更にその外側には可動式のアルミサッシ防虫網戸が取付けられていた。この窓と網戸を外側へ押してレールから外しこじあけ窓から外へ出ることは通常の力では不可能なことである。亡太郎は、故意の破壊的な力を加えて窓と網戸をこじあけ自ら窓の外へ飛び出したものであり、本件病室の設置、保存の瑕疵が存在しこれによって事故が発生したものではない。また、亡太郎はドア側と窓側とを誤認して転落したものでもない。

(4) 亡太郎にはまだら痴呆による一時的不穏、妄想等は認められたが、その言動には厭世的観念や自殺念慮、企図は全く認められず、力ずくで窓をこじ開け脱出するというような発作的破壊的行動に出ることを予測すべき症状はみられず、これを予測することは不可能であった。

(5) 医療法上本病室のドアに透視用の小窓を設けること或いは病室に呼鈴、インターホンの設備をすることは義務づけておらず、かつ、右設備が亡太郎の治療上必要なものではなく、また、右設備のないことと本件事故とは因果関係はない。

(6) 亡太郎の治療看護状況は毎日点滴のほか、検温、脈拍計測各二回、血圧測定一回を実施し、更に入院以来採血三回、心電図二回、X線撮影一回、水中機能訓練三回をなしており、右治療、診断が可能な心神の状況にあった。本件事故当日の午後二時以降も検温、脈拍測定、食事の配膳、下膳、投薬、二回のオムツ交換のために看護者が訪室しており、亡太郎について突発的行動を予測させるような状況になく平穏に右食事、検診をなしていた。

(7) 本病院の五階病棟担当者は看護婦(士)一名、準看護婦(士)六名、看護助手一四名計二一名であり、日勤、準夜勤、当直の勤務態勢をとっており事故当時は三名の当直勤務者、六名の準夜勤勤務者のほか管理当直者が一名、看護当直者一名、当直医師一名合計一二名が勤務しており患者の容態、その変化等に即応できる態勢にあった。また、右看護婦等による患者の病室巡視の状況は、前記検温、脈拍測定、オムツ交換、食事、投薬、点滴、注射、水中機能訓練、その他の治療等その他定時になされており被告職員らに右看護義務違反の事実はない。

5  同5の事実は否認する。

6  同6の事実は不知。

第三  証拠関係〈省略〉

理由

一当事者の地位、本件事故の発生

請求原因1ないし3の各事実は当事者間に争いがない。

二被告の責任原因の有無

1  〈証拠〉によれば以下の各事実が認められ右認定を左右するに足りる証拠はない。

(一)  亡太郎は生活保護を受けて独居生活をしていたが食事も摂取できず痴呆症が出現する病状を呈したため、見かねた隣人や民生委員からの通報により昭和五七年八月二六日民生委員、福祉事務所職員に付添われて本病院に入院を希望して診療を受けた。本病院は外科、内科、胃腸科、神経内科等を有する、総合病院であっていわゆる精神病院ではない。五階病棟では主として痴呆性老人の療養看護がなされている。

(二)  同日本病院の兼重徹雄医師(以下「担当医師」という。)は亡太郎を診断した結果脳血栓(両不全麻痺)、高血圧、糖尿病、冠不全、脱水症と診断され直ちに入院させることにして、一旦五階五一三号室に収容し、その後本病室五一七号室(個室)に収容した。

(三)  亡太郎は入院以来脳血管障害によるいわゆるまだら痴呆状態を示していた。すなわち平静時は通常に会話も可能であり、注射、点滴も素直に受け、異常な挙動はなく、面会に来た弟甲野次郎とも「病院では親切にしてもらっている」或いは「こんな所に閉じこめた」と文句を言ったりする会話をしていたり、担当医師に自分の名前を告げ、「こんなにしてもらって嬉しい」等と話したり、病棟内の他の患者らとの共通の憩いの部屋であるデールームに出ており同所で食事をしたり検温を受けたりしている。一方不穏及び興奮状態のときは注射や点滴を拒否して手足をばたばたしたり、針を抜去したり、大声で独語をしたり、しきりに廊下を徘徊したり、食事や薬に毒が入っているとして食事、服薬を拒否する反応を示したり、他の患者とのトラブル発生のおそれのある状態にあり、又自室内失禁も見られた。同人は殆んど視力がなく失明状態であり病棟内を伝い歩きにより移動しており、歩行能力も不完全で転倒のおそれもあった。

(四)  亡太郎は、右の病状のほか、同年九月八日に自室でベット棚をふり上げてドアを叩いたことがあった以外に発作的異常な挙動、破壊的行動はなく、又、同人の不穏時における妄想は食事や薬に毒が入っているとしてこれを拒むものであり、精神分裂病における非現実妄想、躁うつ病における誇大妄想、罪業妄想は認められず、入院後の言動において厭世的観念や自殺念慮、企図は全く認められなかった。

(五)  亡太郎の右の病状に対処するため、同人を入口ドアに施錠可能な個室である後記構造を有する本病室に収容し原則として午後九時から翌朝六時までの夜間及び同人が前記不穏、興奮状況を示し、他人とのトラブル、転倒等の事故の防止の必要ありと認められた場合には右個室に施錠して室内に同人を収容するほか、点滴、注射に反抗したりする際には看護婦(士)等が同人を押さえつけて危険を防止するため抑制してこれを行ったり、不穏、興奮が激しいときには精神安定剤を注射することもあったが、平静時においては施錠せず部屋からの出入り等は自由にされていた。

(六)  本病室は長さ2.6メートル、巾1.72メートルの長方形の部屋であって内部にベット一台のある個室で入口には巾八二センチメートルのドアがありドアの握り部には外部から施錠できる装置があり、施錠時には内部からは開けられないが施錠してないときは内部より握りを回すことにより開けることができる。廊下に面した右ドア及び間仕切りには見通し可能な窓はない。右病室の窓側は床面より九〇センチメートルの高さまでコンクリート壁面となっており、それより上部は中央部の巾1.6メートルもコンクリート壁面であるが、その東側五〇センチメートル、西側一七センチメートルには間仕切りで区切られた隣室と共用の高さ一三〇センチメートル横一七二センチメートルのアルミサッシの引違い式のガラス窓二枚(アルミサッシ枠の巾4.5センチメートル、厚さ2.3センチメートル、ガラスの厚さ6.8ミリメートル)が設置され二枚の窓の間のクレセント錠を開ければ窓は開閉できるがその場合でも窓のレールの上下に設けられた固定式ストッパー装置のために最大限一五センチメートルしか開かず、窓からの脱出、転落事故の防止が図られている。右クレセント錠は内部から患者が開けることができる。(尚甲二号証(死体見分調書)によると東側の窓は五〇センチメートル開くとの記載があるが、当時窓が取外されていたこと、隣室のストッパー装置の存在、後記事故直後の窓の状況等より右記載は中央壁面と隣室との間仕切りとの間隔を窓の開閉可能間隔と誤認したものと認められる。)また、右アルミサッシのガラス窓は通常の人力で押したり持ち上げても外側には外れない頑丈な構造と強度を備えている。又、右ガラス窓の外側にはガラス窓と同一の大きさの可動式アルミサッシ(アルミサッシ枠の巾四センチメートル、厚さ1.5センチメートル)の網戸一枚が設置されていた。その外側には格子その他柵等はなく、また、右室内にはインターホン等外部との連絡手段はないが、約二〇メートル西側にはナースステーションがあり看護婦(士)が常時居り各室の動静を注意しており、患者が大声をあげたり、戸を強くたたく等のことがあれば察知することができた。

(七)  亡太郎についての看護、巡視は、午前六時検温、脈拍測定、七時オムツ交換、七時三〇分朝食、七時四五分投薬、九時オムツ交換、一〇時点滴、注射、或いは水中機能訓練等の処置、一〇時三〇分昼食、一〇時四五分投薬、一一時オムツ交換、午後一時オムツ交換、二時検温、脈拍測定、三時三〇分夕食、三時四五分投薬、四時三〇分オムツ交換、六時三〇分オムツ交換、九時消灯、一一時巡視、午前一時巡視、三時巡視となっており、本件事故当日も右のとおり看護及び巡視が行われ、当時は三名の当直勤務者、六名の準夜勤務者のほか、管理当直者一名、当直医師一名合計一二名が勤務しており患者の巡視、看護に当っていた。

(八)  本件事故当日の午前中は亡太郎には特別の変化はなく、水中機能訓練もなされたが、午後二時には不穏状態にあったため本病室に施錠して入れられており、検温時には入口ドア付近に立っていたので看護婦が説得してベットに坐らせ検温をなし、その後の午後三時三〇分の夕食、その後の下膳の時、三時四五分の投薬、四時三〇分、六時三〇分のオムツ交換時にはいずれも格別の異常な態度は認められなかった。

(九)  ところが同日午後七時四〇分頃亡太郎は本病室の東側アルミサッシ窓のクレセント錠を外して一五センチの間隔に開けたか、或いは、既に右間隔開けられていたか何れかの状態にあった本病室の東側アルミサッシガラス窓に体当りをするなど異常な力を加えてこれをこじあけ下部レールより突き出し、更に、同様方法で網戸も下部レールより外し窓の外に自ら飛び出し本件事故に至った。事故直後右ガラス窓、網戸のアルミサッシの縦の枠の中央部は外部に彎曲しており上部レールよりぶら下っている状況であったが落下のおそれがあるため被告職員が隣室に取り外して置いた。当時入口ドアに施錠がなされていたかは明らかではないが、これを否定する事情もない。

(一〇)  亡太郎の視力は殆んど失われていたが施錠してない場合には入口ドアより自ら廊下に出て伝い歩きをしたりしており、又、窓側には高さ九〇センチメートルまでコンクリート壁があるなど入口ドアとは構造が基本的に異っており相当期間入院していることから病室の入口と窓側を誤認することは考えられず、亡太郎が衝動的に故意に右窓を異常な力でこじあけ外へ身を乗り出して誤って転落したか或いは飛び下り自殺を図ったものと考えられる。

2 以上認定の各事実によると亡太郎は入院以来脳血管障害によるいわゆるまだら痴呆状態にあり、不穏、興奮状態の際の他の患者への攻撃、他患者とのトラブル、喧噪を避け、視力、歩行能力が不完全であることから転倒を防止する目的から担当医師の判断により前記(六)の構造、装置を有する本病室に亡太郎を収容していたのは同人の病状よりして適切な措置であったものと認められ又、同人の右不穏、興奮時を含め入院後の一切の言動の観察結果、病状より、同人には自殺の企図、念慮は全くうかがえず、その他突発的破壊的行動に出ることを予測すべき事情には無かったものというべきである。従って同人が本病室東側の頑丈なアルミサッシ窓を故意の破壊的行動によりこじあけ窓外に飛び出し(或いは転落し)本件事故に至ることは担当医師らにとって全く予見不可能であったものと認められ、この点について右医師ら被告の従業員に過失、或いは注意義務違反は存在しないものというべきである。

3 そうすると亡太郎の如き病状の患者を収容する普通病院として病室に前記突発的破壊的自殺的行動を予見し前記認定以上の設備である鉄格子、柵等の設備をしなかったことをもって、病室として本来備えるべき設備を欠いているものとはいえず、その設置、管理、保存の瑕疵があったものとも、或いは、右破壊的行動を予見し、他の施設に収容すべき注意義務違反があったものとも、本病室の設置、管理についての安全配慮義務違反があったものともいえない。

4 本病室を改造した際被告は医療法所定の知事の許可を得ておらず本病室のドアを閉めた場合廊下側より内部を透視可能な小窓の装置がなかったこと、病室内に呼鈴、インターホーンの設備がなかったことは当事者間に争いがないが、右装置設備をなすことを医療法上義務づけられているものではなく、かつ、前記認定の亡太郎の病状、本病室及び病院の構造、看護巡視の状況から、右装置、設備が同人の治療上適切不可欠なものであるとも認められず、又、右を欠いたことが本件事故発生と因果関係を有することを認めるに足りない。

5 更に前記1(七)認定のとおり亡太郎に対する看護、巡視が本件事故当日を含めて相当短時間の間隔で行われており、これが前記認定の亡太郎の治療と病状の経過から看護診療上右以上の看護巡視を要するとかこれが不適切であると評することはできず被告に看護義務の違反があったものとは認めるに足りない。

6 以上を要するに被告について原告主張の不法行為或いは債務不履行のいずれの帰責事由の存在も認めるに足りないこととなる。

三よって、原告の本訴請求はその余の点について判断するまでもなく理由がないから失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官松村恒)

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